トラックの歴史【日本】
我が国には奈良時代に朝鮮半島を経由して馬が伝えられましたが、当時の日本人にとって"馬"は乗るものというイメージが強く定着しませんでした。
その後、馬に車を引かせる"牛車"が貴族の間で交通手段として使われるようになりました。
この時代の婚姻形式は"通い婚"というもので、貴族の男性たちは毎日牛車を走らせて正室や多くの側室のもとへ足繁く通っていたようです。
明治時代になって鎖国が解かれると西洋式の馬車が急激に増え、一般の人々の交通手段として使われたり郵便物を運ぶのに使われるようになりました。
しばらくすると"蒸気機関車"が登場し全国に鉄道網が敷かれたために、人々の交通手段はもっぱら汽車が利用されるようになりましたが、その汽車によって運ばれた貨物を駅から目的地まで運ぶのに小回りの利く馬車の需要はこれまで以上に高まっていきました。
明治30年代に入ると外国から自動車やオートバイが輸入されるようになり、明治30年代の終わりには多くの企業が国産の自動車を開発に乗り出しました。
中でも第一次世界大戦によって飛躍的な発展を遂げた神戸の造船所の中にはこの利益を資本金として自動車産業に進出してくるものもありました。
こうして昭和に入ると各社共同で開発された日本初のトラックが登場し、第二次世界大戦でその勢いは一時的に落ちたものの、戦後の復興期には再び登場して大活躍したのでした。
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